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蚕豆味噌に想いを馳せる

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「和漢三才図会」には味噌の作り方として蚕豆を用いる方法が記載されています。
つまり蚕豆味噌が存在していたのですね。

『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ)は、寺島良安により江戸時代中期に編纂された日本の類書(百科事典)[1]。正徳2年(1712年)成立。

編集者は大坂の医師寺島良安で、師の和気仲安から「医者たる者は宇宙百般の事を明らむ必要あり」と諭されたことが編集の動機であった。の王圻による類書『三才図会』を範とした絵入りの百科事典で、約30年余りかけて編纂された。

『三才図会』をそのまま写した項目には、空想上のものや、荒唐無稽なものもあるが、博物学などにとり貴重な文化遺産といえる。博物学者南方熊楠は、全巻を筆写したという。また著者が医師(もちろん漢方医)であるだけに、東洋医学に関する記事は非常に正確で、鍼灸師の中には、これをもっとも信頼できる古典と見る人もいる。

wikipedia.orgより引用

上記文献によると、蚕豆味噌は水分で溶かして扱っていたそうです。
実際に作るとわかるのですが、結構固く仕上がります。

こちらは、日本の味噌は乾燥した固形のものが先行していたというのを裏付けるように思われますが、
個人的には少し仕込み水を加えて柔らかくしています。

蒸した蚕豆を潰したときの香りと色の鮮やかさにウキウキしました。
同時に豆板醤も仕込んでいますが、こちらは少量のためすぐに無くなってしまいそうな予感がします。

どちらも仕上がりがとても楽しみです。